胸が張り裂けそうで、隠れて何度も泣きました。 [健康]

末期癌だった母を在宅で看取りました。突然の余命数か月と言う告知をされ、母には病状を知らせる事が出来ませんでした。だから、闘病中は、胸が張り裂けそうで、隠れて何度も泣きました。なのに、今、涙が出ません。
両親と同居していた長男もお嫁さんもドライな人なので、3人兄弟の末っ子の私が、今までずっと、心の支えになっていたと思います。癌の告知をされた時も、母が、私の所で闘病したいと言ってくれました。うれしかったです。幸い、私の主人がとても優しい人なので、母を在宅で看護する事が出来たのですが、主人は、だんだん食べられなくなる母の為に料理をしてくれたり、下の世話も厭わずにしてくれ、本当に手厚い看護をしてくれました。
なのに、最期まで私の兄弟、嫁は、一切、見事な位に無関心でした。母の死期が分かっているのにもかかわらず、一人はお見舞いにも来ず、もう一人はお見舞いに来てまで競馬をしているのには、兄弟として、情けなかったです。だけど、そんな人達が、お葬式では泣いているのです。号泣しているのです。逆に、涙腺の弱い私が淡々としているのです。この3か月足らずの闘病生活、そして、母の死がまだ夢の中の出来事のようなのです。
私達家族は母の願いを叶えてあげたいと思い、外国に留学中だった息子も帰国し、夜中の看護を当番制にして介護しました。私達家族4人で協力して、母の最期の小さな願いを叶える事が出来たと思います。出来るだけの事はしたのかな。と考える様にしています。
ペットが死んでも、毎日泣いてばかりで食事も食べられなくなり、数か月は立ち直れない私が、大大大好きだった母が死んだのに、平気で笑えるのが不思議です。喪失感が全く無いのです。自分でも分からないのです。どなたか似た様な経験をされた方がおられましたら、教えて下さい。私は、いつ母の死を受け入れる時が来るのでしょうか?
まったく同じ経験を2年前にしました。余命告知3ヶ月と聞いてから、どんなわがままも叶えてやると決め実行しました。
病院や看護師さん、時には家族の反対もありましたが全て母の想いを叶えました。
亡くなる前日に、きょうだいの中で貴方が一番優しいと言ってくれた母の言葉が私の心の宝物です。
看護しなかった姉弟とは疎遠になってしまいました。わたしも達成感と充実感から悲しみや涙一切出ませんでした。ろくに看病もお見舞いもしなかった父親が泣いているのには腹が立ちました。死を肯定している人は悲しまないのかも。。とも思います。また必ず逢えるとも思います。最近、たまに母に会いたくなります。本当に優しい大きな存在でした。
威哥王
巨人倍増
狼1号



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